568 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日: 2005/10/23(日) 21:33:39 ID:6+RbFc0K0
こんばんは、松平です。
歴史を大きく動かした「その時」には、
その瞬間の人々の決断や苦悩のドラマがあります。
今日の「その時歴史が動いた」は関が原の戦い勃発までのその時をご紹介します。
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関ヶ原の戦いまで、あと一月。
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忠勝「もう世は殿の天下も同然、私は嬉しゅうござりまする」
家康「じゃが・・・石田三成率いる豊臣方がまだ騒いでおる。わしは話し合いで解決したいと思っておる。書状も送った」
忠勝「そういえば殿、三成から返答の書状が届いております」
家康「ほぅ・・・どれどれ・・・」
―――バッカじゃないの!アンタみたいな狸なんて信じらんないっ!
こんどこそアンタと決着をつけてやるんだから!
1ヵ月後に関ヶ原に来なさいよ!絶対逃げるんじゃないわよ!
家康「やれやれ、まだ和睦を受け入れてくれぬか・・・。まぁ泣くまで待とう・・・って、あん?
―――PS.こなかったらアンタが三方ヶ原で大敗したときうんこ漏らした事言いふらしてやるんだから!
家康「おぉぉのぉぉぉれぇぇぇぇ!三成ィィィ!戦の準備じゃー!」
そのころ・・・
三成(来てくれなきゃ・・・江戸に攻めてってやるんだらっ///)
さあ、今日の「その時」がやって参ります。
三成が何故、再三の和睦交渉よりも決戦を優先したのか、
これは現在に至っても、未だなお歴史上最大の謎とされています。
一説では三成が好きな人をいじめる素直じゃないタイプの人だったと言われています。